菓子屋横丁火災

 

2015年6月21日(日)正午過ぎ。

市内元町に位置する「菓子屋横丁」で5棟が全焼する火災がありました。

注意して見ないと一瞬で通り過ぎてしまうような横丁ですが、

札の辻交差点から西側、鶴ヶ島方面へ抜ける県道39号線沿いの横丁出入口の菓子屋から出火し、

死亡者1名、負傷者4名の痛ましい事故につながりました。

 

寛永15年(1638年)1月

享保3年(1718年)12月

文政12年(1829年)3月

明治26年(1893年)3月

 

川越の街は何度となく大火に見舞われ、その度に復興してきた経緯があります。

江戸〜明治時代の木造屋根は瓦葺きか杉皮葺きでしたので、

一度燃え始めたら消防設備(龍吐水:消防ポンプ)でなかなか消化しきれるものではありません。

 

1302戸の焼失被害を出した明治26年の大火において、

大沢屋、近江屋、山吉など、いくつかの建物は大火を乗り越えました。

外壁を分厚い漆喰で塗り上げた土蔵店蔵、「蔵造り」の店々です。

 

防火建築としてその性能の高さを目の当たりにした川越商人たちは、

この蔵造りによる再生に乗り出し、現在に繋がる一番街の町並みを築いていきました。

 

「火事と喧嘩は江戸の花」と称される程、度重なる火災が続いた江戸時代を経て、

焼失範囲は広大であったものの、夜8時15分出火の明治大火で、死傷者はゼロ。

災害が、地域や防災の意識を高めていたのは否めません。

 

しかし、

先日の菓子屋横丁火災を振り返り、

今一度、自分なりに防災・減災に対する研鑽は継続しなければならない、と強く感じました。

 

埼玉・川越において建築設計・監理を中心に業務しております。建築とはその時代の技術・文化・思想・情勢の指標として世に生み出されて佇みます。「地球温暖化による環境変化」「少子超高齢化社会」「再生可能エネルギーへの転換」等々、多くの解決すべき課題、現実を受けての実践となっておりますが、国勢シュリンク(縮小)期を迎え、どこかしらギスギスしがちな社会に向かっている気が致します。特にSNS等、ネット情報化が進む社会において、プラスマイナス双方の影響が見え隠れしており、聞いたこともないような状態が次々と起こっております。そのような中、一人の赤ん坊が周りの人々を笑顔にするように、業務を通じて関係者や周辺の方々、環境、風土、社会に寄り添うような、緩やかで楽しい関係性を築いていくことができたら、と思っております。ふと目を移すと、国内には遊休不動産、いわゆる「空き家」の数が820万戸を優に超えるという状況となっており、これらの再生や活用も重要な業務となっております。新築・改修・再生ともに特に構造的な「耐震性」、建物のデザインのみならず、基本的な住環境性能と健康を意識した「省エネルギー性」、その土地特有の「地域性」を強く意識した活動を行って参ります。また、川越には現代に残る多くの歴史的遺産が多数ございます。日々その歴史の一端に触れつつ、世代を超えて「愛され存在し続ける建築・場」について、追求・実践して参ります。